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ただいまー。 |
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いまだ慣れない、屋敷の大きな玄関をくぐる。
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帰ったか、マスター。今日も勉学に励み疲れただろう、鞄を持とう。 |
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ははは、それほど励んだワケでもないけど。みんなはもう帰ってきた？ |
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咲耶と理緒は少し前に学園から帰宅し、いま着替えている。棗はまだだ。 |
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へえ、珍しいな？ いつも棗は早いのに………あ。 |
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噂をすれば、制服姿の女の子がとてとてと屋敷の庭園を駆けてきた。
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棗だ。いま帰ってきたんだな。 |
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……手に何を持ってるんだ？ それに、あんなに急げば……あ、こけた。 |
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どべっ、と棗ちゃんが勢いよく転ぶ。
でもすぐに鞄と“それ”を拾うと、大急ぎで玄関まで走ってくる。
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はあ、はあ…。お、遅れて申し訳ありませんご主人さま！ ご主人さまより早く家に着こうと思っていたのですけど……。 |
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ああ、別に構わないよ。それより棗、それ……なに？ |
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俺は彼女が持っている長いものを指差した。
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あ、はいっ。「笹竹」です。 |
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……食うのか？ |
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たっ、食べませんよ！？ その……今日は七月七日ですから……。 |
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あ、そうか。七夕だな。 |
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七夕？ |
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この国の行事の一つだよ。後で説明してやるから、とりあえず上がろう。 |
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はい。わたしもすぐに着替えます。 |
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御剣と理緒先生に零那への七夕の説明を任せて、エントランスホールに降りる。
そこには、メイド服に着替えた棗ちゃんが笹竹を手入れしていた。
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棗。その竹、商店街で買ってきたのかい？ |
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あ、ご主人さま。はいそうです、ちょっと奮発して良いものを買ってきちゃいました……えへへ。 |
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へえ、そうなんだ。 |
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あ……でも、ご主人さまには何も言っていませんでしたから、勝手なことをしましたでしょうか？ |
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そんな事はないぞ。こういう行事を古臭いって言う奴もいるけど、俺は好きだし。
この屋敷のみんなでそういうイベントを楽しめるのも嬉しいしな。ありがとう、棗。 |
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は……はいっ、ご主人さま。わたし、その……え、ええと……あの、う、嬉しいですっ。……あわぁっ？ |
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バサバサバサーーッ。
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んわわわ！ た、倒しちゃいました！ すみません、すぐ拾いますから…っ！ |
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倒れた笹竹を棗ちゃんが慌てて拾う。
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ははは……相変わらず焦るとドジするな、棗は。 |
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すす、すみませんご主人さま。ふ、普段はこんなハズじゃないんですけど……。 |
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（普段から大体こんなもんだと思うけど……） |
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そ、それではご主人さま。この竹を手ごろな長さに斬りますので、少し離れていてください。 |
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そう言うと棗ちゃんは背中の大剣───備前長船長光に手を掛ける。
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お。棗の華麗な太刀筋が見れるのか。 |
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そ、そんな大したものでは無いですけど。あはは…。 |
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照れ笑いしていた棗ちゃんも、己の捧剣を握ると表情が引き締まる。
刀を構えた時の棗ちゃんは、いつもの彼女とは別人のような凛々しさがあるのだ。
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ふっ───。 |
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シュカッ、と笹竹が断たれる。
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……相変わらず見事だなぁ。かの剣豪、佐々木小次郎も舌を巻くと思うよ。 |
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そ、そんなことないですよ。わたしより、御剣先輩や零那さんのほうがずっとお強いですし…。 |
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いや、棗の太刀はみんなの中でも一番雅やかに見えるよ。俺は好きだなー。 |
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そ、そうですか？ ……ご主人さまにそんな風に言って頂けるなんて、う、嬉しいです……。あはっ…。 |
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棗ちゃんは照れ隠しなのか、ぶんぶん剣を振るった。
シュカシュカシュカーン。
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……いや、棗。竹斬りすぎだから。立てられなくなるぞ。 |
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はわぁッ！？ すっ、すみませんご主人さま…！ |
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夕食後、俺たちは屋敷の談話室でくつろいでいた。
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それじゃ、俺と棗は外に竹を飾ってくるな。 |
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皆さんも、短冊を書いたらいらして下さいね。 |
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うん、分かったわ。良い場所に飾ってきてね。 |
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……なるほど、この短冊に願いごとを書き、そしてそれを竹に結ぶのだな。 |
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そうよー。それじゃ私はどうしようかなー……とりあえず、「もう少しギャンブルで勝てますように 理緒」……と。 |
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もう少し、という所がいじらしいな…。では私は、「ショルダーキャノンが欲しい 零那」。 |
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いや、クリスマスじゃ無いんだから……まあいいか。
で、咲耶は何て書いたの？ |
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あっ、見ちゃだめっ！ |
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「もし次の人気投票があるなら、もうちょっと投票数が増えますように 咲耶」
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…………（ホロリ）。 |
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……元気出せ、咲耶。 |
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くっ……これでもメイン張ってるのに、この屈辱……！ 情報操作したわねメイビーソフトーーッ！ |
※してません
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よっと…。この辺りに立てておけばいいかな。 |
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そうですね。……あっ、見てくださいご主人さま、空……！ |
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ん？ おお、今日はずいぶん星がよく見えるなー。満天の星空ってやつか。 |
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はい、綺麗ですね…。きっと織姫と彦星も喜んでいますね。 |
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うむ。今夜はさぞかし激しいだろうな。 |
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は、はげし…っ！？ も、もうご主人さま、今のはちょっと無粋ですよう……。 |
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んん？ 棗は今どんな想像をしたんだ？ ご主人さまに言ってみ。 |
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あうっ。……ご主人さま、ヒドいです……。 |
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しょんぼりと俯いてしまった。
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ははは、ごめんごめん。棗はついいじめたくなっちゃうんだよなぁ。 |
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手ごろな位置にあるので、頭をなでなでと撫でてやる。
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ふあ…。……えへへ、くすぐったいです。 |
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嬉しそうな顔をした棗ちゃんが、俺と一緒に夜空を見上げる。
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……棗がこの屋敷にメイドとしてやって来てから、少し経ったな。どうだ？ |
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はい、まだまだ未熟者ですけど、このお屋敷には素晴らしい先輩達が居ますから、日々学ばせてもらっています。
御剣先輩たちと肩を並べられるアナザー・ワンになれるよう、メイドの仕事、そして剣技と練磨していこうと思っています。 |
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そうか。頑張れよ、棗。 |
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はいっ。……はやくわたしも、ご主人さまを護れるメイドになりたいですから……。 |
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ん？ 何か言ったか、棗？ |
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いっ、いいえっ、何でもないですっ！ えと、ご主人さまは短冊に何をお書きになられたんですかっ？ |
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ん、俺？ 俺はこれだよ。 |
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「早く一人前の主人になれますように 槇人」
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あ……さすがご主人さまです、ご立派です。 |
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ま、神頼みだけじゃ駄目なのは判ってるけどね。で、棗は何を書いたんだ？ |
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あ、はい。えと……これです。 |
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「屋敷の皆さんが無病息災でありますように 棗」
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うーん、さすが棗。他のメンバーと違って優しいよなぁ。 |
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あはは……そんなこと言ったら皆さんに失礼ですよ、ご主人さま。 |
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はは、そうだな。……とりあえず、これからもよろしくな、棗。 |
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はい、ご主人さま。……あ、御剣先輩たちが出てこられましたよ。 |
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お、ホントだ。それじゃ俺、咲耶たちを呼びに行ってくるよ。 |
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はい、ご主人さま。 |
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………………。
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……ゴメンなさい、ご主人さま。実はわたし、もう一つ短冊を結んであるんです。
……こんなこと願うなんて、メイドとして失格なのかなぁ……。
で、でもご主人さまとはもっとお話したいし…。お、思い切って、「もう少し」のほうを消しちゃおうかな……。 |
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おーーい棗ー、こっち来いよ、星がすごく綺麗だぞーー。 |
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ひゃあぁっ！？ わわ、分かりました、すぐに参りますぅーー！
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棗ちゃんが慌てて駆けてくる。
その後ろで、笹竹に結ばれた短冊が涼風に揺れていた。
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「ご主人さまと、もっともう少し親しくなれますように 棗」
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